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国分寺市からロケット発射

更新日 平成22年6月17日

 昭和30年に国分寺市(当時は国分寺町)で日本初のペンシルロケット発射実験が行なわれたのをご存じですか。国分寺市は「日本の宇宙開発発祥の地」なのです。

ペンシルロケット試射テスト

糸川博士とペンシルロケット

 昭和30年(1955年)、糸川英夫博士率いる東大生産技術研究所が、国分寺市本町一丁目の南部銃製造所(現早稲田実業学校)で、日本初のペンシルロケット試射テストを行ないました。
 ロケットの全長は23センチメートルあまりで、あまりに小さい本体のため「ペンシルロケット」と愛称されました。
 その後この試射テストは100機以上続けられ、そのデータは現在のロケット関数にも活用されています。

「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰記念碑建立

 試射テストが行なわれた地は、現在早稲田実業学校校庭です。
 平成17年にペンシル・ロケット発射実験50周年を迎え、国分寺市民・早実関係者の間で、まちづくりの意義と教育資料としての顕彰記念碑建立の声が急速に高まり、「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰会を発足させました。
 平成18年4月に、「日本の宇宙開発発祥の地」顕彰記念碑が建立されました。
 顕彰記念碑は早稲田実業学校校門の王貞治記念碑に隣接して設置され、地下にJAXA(宇宙航空研究開発機構)が全国の小学生・中学生から募集した50年後のロケット図案を松本零士氏案のタイム・カプセルに入れて埋設し、50年後に開封する計画を立てています。

宇宙への夢をふくらませて

市内で行なわれた水ロケットの記録会

 平成19年から市内で、小学生を対象に、「水ロケットの製作と記録会」を行なっています。子どもたちは水ロケットの製作・発射実験を通してその原理を学んでいます。

このページに関するお問い合わせ

政策部市政戦略室広報担当

電話番号:042-325-0111(内線:410) ファクス番号:042-325-1380
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