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武蔵国分寺跡【国指定史跡】

ページ番号 1004222  更新日  平成27年10月3日

僧寺金堂跡の画像

奈良時代の中頃、聖武天皇は仏の力で国を安定させるために、諸国に国分寺の建立を命じました。武蔵国では、都と国府(現府中市内)を結ぶ古代官道「東山道武蔵路」沿いの東に僧寺、西に尼寺が計画的に配置されました。
武蔵国分寺跡は、全国の国分寺跡と比べても規模が大きく、その歴史的重要性はつとに認められており、大正11年に国指定史跡に指定されています。

所在地

国分寺市西元町1丁目から4丁目付近

電話番号

国分寺市ふるさと文化財課 042-300-0073

交通アクセス

JR中央線・西武国分寺線・多摩湖線→国分寺駅徒歩18分、JR中央線・武蔵野線→西国分寺駅徒歩15分

指定名称

国指定史跡 武蔵国分寺跡 附東山道武蔵路跡

金堂跡

 金堂は本尊仏を安置する建物です。桁行き7間(約36メートル)×梁行き4間(約17メートル)の礎石建物として建てられました。現在も多くの礎石が残されています。武蔵国分寺の金堂は、諸国国分寺中最大級の規模となります。
所在地 西元町2-1,2

講堂跡

 講堂は経典の講義などが行われる建物です。桁行き5間(約29メートル)×梁行き4間(約17メートル)の礎石建物として創建され、後に金堂と同規模の桁行き7間(約36メートル)×梁行き4間(約17メートル)に増設して再建されたことが明らかになっています。
所在地 西元町2-1,2

七重塔跡

  七重塔跡は、金堂・講堂跡から東方200メ-トルのところに位置します。塔は、「金字金光明最勝王経(きんじこんこうみょうさいしょうおうきょう)」を安置する国分寺の重要な施設で した。3間(約10メートル)四方の礎石建物で、高さは約60メートルほどあったと推定されます。現在、中央にほぞ穴(心柱を受ける穴)がある心礎を含め7個の礎石が残っています。
   国史である「続日本後紀」に、承和2年(835年)に七重塔が雷火で焼失し、復旧ができなかったのを、前の男衾郡(おぶすまぐん・現在の埼玉県比企郡付近)の大領(たいりょう・長官)である壬生吉志福正(みぶのきっしふくしょう)が再興を願い出て許されたと記されています。発掘調査では、塔が創建期とその後の2回この位置で建てられたことを確認しています。
 また、平成15年度の地下レーダー探査により、礎石の残る塔跡(塔跡1)の西方約55メートルの地点で、もう一つの塔跡(塔跡2)が発見されました。塔跡2には大規模な地盤固めの跡(版築・はんちく)があるのみで礎石は残っていません。塔跡2と塔跡1の建て替えとの明確な関係は把握できていません。
所在地 西元町3-26
 

市立歴史公園 史跡武蔵国分寺跡(僧寺北東地域)

僧寺北東地域の画像

 僧寺北東地域は、大型開発に対する緊急保存対応で平成14年度に史跡に追加指定された場所で、国分寺崖線上に位置し、崖下には真姿の池湧水群があります。
 平成18年度と19年度の2カ年で保存整備工事を実施し、平成20年4月に市立歴史公園 史跡武蔵国分寺跡(僧寺北東地域)として開園しました。
 公園内の北側には、僧寺伽藍地の北限を区画する溝が存在しています。溝の位置と規模を平面的に現地に表示してあり、その一角に地下の溝遺構の断面を観察できる施設があります。
所在地 西元町1-1

地図

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このページに関するお問い合わせ

教育部 ふるさと文化財課 史跡係
電話番号:042-300-0073 ファクス番号:042-300-0091
〒185-0023  国分寺市西元町1-13-10
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。